May 26, 2015

ミックスの練習:歌ってみた音源をミックスしてみた「忘却心中」

 蛋白さん(@_tanpaku)の歌ってみた音源をお借りしてミックスの練習。出来上がったのはこんな感じ。



 うーむ、完璧なミックスへの道は果てしなく遠い……。今回音源を自由に使わせてくれた蛋白さんには感謝です。ありがとうございました。

 完成したものを蛋白さんに聴いてもらったところ、ミックスのやり方を具体的に教えてほしいというリクエストをいただいたので、テキトーに解説してみることに。かなり怪しい部分もあるけれど、もしかしたら趣味でミックスやってる人達には少しは参考になるかも。

 で、ここから先はサンレコの記事を見習って「ですます」調で書いてみたりして(笑)。なお、DAW周りの用語については自分が使っているLogic Pro 9が基準です。

ミックスの下準備


 ニコニコ動画のボカロ人気曲はたいていの場合、歌ってみたなどの二次創作向けにオケが公開されているので、その公開されたオケをそのまま使わせてもらうことになります。今回の楽曲の場合は、公開データがMP3なので、これをDAW上で作業するためにWAV形式に変換する必要がありました。

 Logicの場合、サンプリングレートとビットレートが同一であれば、異なるフォーマットの音源データでも自動的に変換してくれるのですが、今回いただいたデータの場合は、オケが44.1kHz/16bitのMP3、ボーカルデータが48kHz/24bitのWAVだったため、そのままでは対応できません。そこでオケを単独でDAWに読み込み、48kHz/24bitに変換する形でバウンスしました。その際、DAWのステレオバスに「Gain」プラグインをインサートして、ザックリと-6dBほどレベルを落としています。これは、ボーカルとミックスする時点で必然的にDAW上にてオケデータのレベルを落として利用することになるので、最初から作業に必要となるレベルにまで最適化しておくのが目的です。また、この時点で出来ればオケのテンポ(BPM)をひろって設定しておきます。Logicはバウンスする際にテンポ情報も一緒に書き出してくれるので。歌ってみたのミックスではテンポ情報に対してそれほど神経質になる必要はありませんが、ボーカルにディレイをかけるときに曲全体のテンポが判っていれば、簡単に4分や8分のタイミングでかけられるのでその準備という感じです。

 バウンスしてフォーマットを変更したオケデータと、ボーカルデータを改めてDAWに読み込んで、タイミングのずれなどがないことを確認。これでミックスの下準備が完了です。

ボーカルのミックス


 まずは、ボーカルデータのみをソロで聴いて収録状態を確認します。外部ノイズや極端なリップノイズがある場合にはデータ毎に編集ツール等を使って適宜調整しますが、今回は特に問題は無かったのでやっていません。

 続いて、素のボーカルの音質で気になる帯域をLogic純正の「Channel EQ(以下、EQとだけ表記ある場合はこのChannel EQ)」で微調整します。これはマイクの特性や収録した部屋の鳴りなどから不要な帯域がブーストされてしまっているのをフラットに戻す方向での調整となります。あくまでもこれからコンプやEQで音を作り込んでいく前の下地作りなので、不要な低音部分(50Hzぐらいから下)のカットと、気になる帯域別で0.5dB程度の補正といった感じです。気になる帯域というのが判りにくいかもしれませんが、妙に鼻にかかったような鳴り方をしてる帯域があったら、そこをわずかに下げることでスッキリさせるといった要領です。このEQを行うことで、全体の音質を変化させることなく、ヌケの良いボーカル素材とすることができます。このEQ設定はコピペで、全てのボーカルトラックの一番最初にインサートします。このEQ設定が出来れば、あとはオケに対して適切な音量バランスをとれば基本的なミックスは終了ですが、さすがにこれでは色気も何もあったものじゃないので、ここから各種エフェクトをかけて、楽曲にあった世界観を作るあげていくことになります。

 この下地作りをするようになったのは、YouTubeに公開されているMixbusTvというチャンネルの「HOW TO MIX TRAP HIP HOP VOCALS ON A 2 TRACK INSTRUMENTAL」シリーズを見てその方法を知ったからです。興味のある人は是非見てみてください。残念ながら英語での解説になりますが非常に勉強になります。ここまで詳しくボーカルのミックスを無料で学べる機会はなかなか無いと思います。

 さて、今回の楽曲は、Aメロ、Bメロ、Cメロに展開する形式ですが、Aメロはやや特殊なエフェクトをかけるため、基本となる音作りはBメロから始めました。

 まず基本EQの次に使うエフェクトはコンプ。ボーカルの色づけを考えて、まずはオプト系のWAVES「CLA-2A」で軽く均しつつボーカルのつやを引き出してから、その後にWAVES「CLA-76」をインサートして反応の遅いCLA-2Aでは間に合わないようなアタックの早いフレーズに対応する形としました。CLA-76はよくありがちな潰して歪ませるようなものではなく、あくまでもCLA-2Aの補完的な使い方。この方法は、エンジニアの中村公輔さんから教えてもらった技を応用しました。コンプの使い方については、サンレコ2015年7月号でも中村さんの解説による特集記事「コンプは“動作タイプ”で使い分ける!」があってとても参考になります。

 コンプのあとにディエッサーをインサートして耳に痛い部分を補正したら、その後に若干の倍音を付け加えるためにサチュレーション系のKlanghelm「IVGI」、さらに味付け用EQとしてSonimus「SonEQ」を使って中高音部分をほんの気持ち程度強調しました。IVGIとSonEQはあくまでも派手なオケの中でボーカルが沈み込まないように少しゲタを履かせるといったニュアンスで、ハッキリとかけたのが判る感じではありません。

 ここまで音が出来たら、今度はオケの中でボーカルが馴染むようにAUXセンドを使って残響系のエフェクトを付け足します。今回は8分の短めのステレオディレイの後にホール系のリバーブを加えました。その後にLogic付属のコンプをインサートし「FET」で極端に短めのアタックとリリース、6:1ぐらいのレシオにして、サイドチェーンをボーカルにして、歌ってないときだけ残響音が鳴るような処置をしています。これによって歌詞がはっきり聞こえつつ、ボーカル全体にはなんとなく余韻を感じるような存在感を持たせました。これも先に紹介したYouTubeのMixbusTv動画で詳しい使い方を見られます。

 さらに、別のAUXセンドで送ったボーカルにvacuumsound「ADT」で擬似ダブリングさせた音に、Softube「Saturation Knob」で歪ませたものを、薄〜くミックスに混ぜて、ボーカルの線が気持ち太くなるようなニュアンスを狙っています。これは隠し味的なもので、お汁粉に塩をほんのちょっと入れると甘みが増すというのと同じ。ちょっと正確ではありませんが、このトラックだけソロで聴けば判るけれどミックスの中で聴くと判らないようなレベルと言うと通じるでしょうか。

 以上でBメロ部分の音作りは完成。この設定はそのままCメロでも使います。BメロとCメロの違いは、別のAUXセンドを付け足して、さらにホール系のリバーブで残響を増やしているところ。こちらのリバーブは、一旦WAVES「CLA-3A」を使って残響音を強調した後に、やはりLogicのコンプでサイドチェーンを使ってボーカルによって鳴り方を制御しています。

 Aメロは、基本EQの後にWAVES「CLA-76」の必殺ボタン全押し(笑)設定でボーカルを潰しています。その後にEQで100Hz以下と1.3kHz以上をバッサリとカットしつつ、中音部で不要と感じる帯域を抑える形に補正。この後にLogicの「Tremolo」を1/64のレートで強めにかけ、TSE AUDIO「TSE 808」で思い切り歪ませています。Sonimus「SonEQ」で全体の音をまとめた後、最後にもう一度WAVES「CLA-76」のボタン全押しでかけて、極端にフラットな音像に仕上げてます。しかし、これだけだとあまりにもデッドな音像になってしまうので、ここから隠し味を付けます。

 Bメロと同じようにAUXセンドでステレオディレイとリバーブを使いますが、今回は歌詞のノリが強調されるように4分と8分の大きな譜割のディレイにします。しかし、このままでミックスに戻すとキレのある感じになりません。そこで、ノイズゲートをかませ、ボーカルをキーにしたサイドチェーンで制御します。これによって、歌っている間だけディレイが聞こえ、歌詞が途切れるとディレイもバッサリ聞こえなくなるようにしました。オケの中で聴くとディレイ音はほとんど判らなくなりますが、微妙なノリが生まれてボーカルにグイグイくるような感触が加わります。

 ボーカル素材はこのほか、ハーモニーなどありますが、基本の音作りは上記のパターンを組み合わせることで調整しています。

 ボーカル素材全ての音が出来たら、次はオケに合わせてバランスを取ります。バランスをどうするかは人それぞれのセンスだと思いますが、Aメロ<Bメロ<Cメロと徐々にボーカルの存在感が大きくなるような形で全体の流れに合わせてフェーダーオートメーションを書きました。また、細かい部分の調整としては、オケのアレンジによって楽器の数が変化するなどしてレベルが極端に変わる箇所は、それに合わせてボーカルのレベルも微調整すると、全体の流れが自然に聞こえます。最終的には耳で聴いて音のバランスを揃えていくのがコツだと思います。

 ここまで出来たら、一旦オケをミュートして、ボーカルだけのミックスをバウンスします。この際、マスターバスにトータルコンプやリミッターはかけません。あくまでもボーカルのステムミックスを作る要領です。

全体のミックス&マスタリング


 新たにオケとボーカルステムミックスを読み込んで、その2つのバランスを取りながら同時にマスタリング的な処理を施します。

 まずはオケの音圧感を改めて確認します。これはオケをソロで最終的なレベルバランスにして再生しながらLogicの「MultiMeter」で一番音の大きな箇所のRMSを読み取ります。次にボーカルのステムミックスにWAVES「L2」をインサートして、ソロで再生しながらスレッショルドとシーリングを調整しつつ、最もレベルが大きくなる箇所のRMSが先ほどオケで確認した数値とほぼ同じようになるように調整します。なぜ、このようなことをするかというと、ニコニコ動画で公開されているオケ音源がほとんどの場合マキシマイズされてしまっているので、そのままボーカルをあてると音圧的に負けてしまうので、マキシマイズされているオケと同じような音圧にまでボーカル音源も個別にマキシマイズしてしまうことで、同じような音のあり方に揃えるためです。もし、公開されているオケ音源がマキシマイズされていなければ、こういったボーカルの特殊な処理は不要だと思います。

 ボーカルの聴感がオケのあり方と揃えた時点で、改めてボーカル側にディエッサーをインサートして耳に痛い部分を補正します。さらに、ディエッサーで甘くなりすぎた高音成分を補正するためPlugin Alliance「MAAG EQ4」で高音を若干ブーストしています。

 一方、オケの方は、Plugin Alliance「Brainworx bx_refinement」をインサートして、ほんの気持ちだけ高音を抑えるようにしました。

 改めてオケとボーカルのバランスをフェーダーで微調整した後、マスターバスにToneBoosters「TB_ReelBus」、Tokyo Dawn Labs「TDR Kotelnikov」、Plugin Alliance「Brainworx bx_digital」、vladg/sound「Limiter No6」をインサートして最終的な音質補正とリミッティングを行っています。味付けとしてはTB_ReelBusがかなり大きいかもしれません。

今回の反省点


 ニコニコ動画にアップして聴いてもらうという前提で仕上げていったので、最終的な音圧のあり方をRMS値で-10dB前途にくるようピーク設定したのですが、そのせいで繰り返し聞くとやはり耳が痛く、自分のミックスの技量の無さを思い知らされます。今後はもっと低めの音圧でもメリハリがあって気持ち良く聴けるレベルを目指したいです。  

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